「楽園の果てで」:第1話









人の波に呑まれながら、さっきから目で彼の姿を探していた。
あの金髪、紺碧の瞳、あの姿、見紛う筈は無かった。




式典が終わった会場の慌ただしい雑沓の中で、ジャンはひたすら先刻網膜に焼きついた人物を探していた。
慣れない制服の、やけに苦しい襟元を緩めることも忘れて。
一体何故自分がそうしているのかは分からなかった、この衝動が青の一族の力を削ぐという番人の使命から来ているものなのか、そしてこの得体の知れない、けれども切迫したような、今まで味わった事の無い感情が何処から来るのかも…。
そんなふうに唯ひたすら彼の姿を探す。
そうして掻き分けた人塵の先に、彼はいた。


講堂の一角の、大理石で設えられた大きな柱の影になるように佇んでいた。
どうやら誰かと話し込んでいるようだった、背の高い、金髪の2人の男…。
一人はすらりと背の高い物腰の柔らかそうな男、そしてもう一人は…、忘れもしない、先刻壇上で拳を掲げ、新入生を鼓舞していた男…、ガンマ団総帥マジック、青の一族の正当なる後継者、その人だった。
歩んでいた足が止まる、彼に話し掛けるその男の顔は優しげに映ったがその溢れ出る覇気は隠し様も無かった。
息が詰る。
まるで足の裏に根でも生えたかのように、そうして立ち尽くしたままその姿から目が離せないでいる、周りの風景が目まぐるしく移り変わる一瞬が永遠の事のように感じる。
その視線に気付いたのだろうか、一瞬にしてその男の表情から感情と名の付くものが消えてなくなり、そしてゆっくりと、射るような視線で此方に振り返った。


その瞬間…、瞳はその鋭い双眸以外を映さず、耳は音を聞く事を止めた、そしていて意識だけはやけにハッキリとしていた。
なんと言う眼…、なんと深い………蒼。
先程心奪われた色と同じ筈のそれは、それでいて全く異質のものだった。
鼓動が早くなる、瞳孔が開き、冷やりとした汗が背筋を伝い、肌が粟立つ。
番人としての血が沸き立ち最大級の警告を送ってくる。
これが青の秘石に選ばれて生まれてきた人間の持つ力なのだろうか、ジャンはその視線に絡め取られたまま動けないでいた。
まるで捕食される前の残酷なる一時の永遠のような、緩慢な時間の中に取り残されたような、そんな錯覚に陥る。




果てし無い蒼のその先に見えたのは、深い、深い…奈落。








グラリと天地が廻った。
意識が白濁していく。
身体は無重力に投げ出され。
ジャンはそのままその場で気を失った。


遠くで自分を呼びかける声がする、周りに人の集まる気配がする。
嗚呼自分は倒れているのかとやけに冷静に自覚したあと、其処で意識は途切れた。






一瞬赤の秘石の声が聞こえた気がした、彼は果して何を言っていただろうか………




























―――次第にその輪郭を顕す視界の先にあるのは幾何学模様…。否、次第に焦点を合わせて認識するとそれは真っ白な天井のパネルが整然と並ぶ様だった。
消毒薬の匂いが鼻に付いた。


「おや、気が付きましたか…?」


未だ靄が掛かったような意識の中にそんな低めの声が飛び込んでくる。
その声の方を振り向こうと頭の位置をずらすと鈍く頭が痛んだ。


「っつ…。」


「貴方講堂のど真ん中でブッ倒れたんですよ。全く人騒がせな…、その時にどっかぶつけたんじゃないんですか?」


清潔なシーツで覆われた簡易ベッドのスプリングを軋ませて上体を起こす、頭は痛んだが意識は次第にハッキリとしてきていた。
そして声の主の方を振り返る。
其処にいたのは年の頃は同じ位なのだろうか…、東洋人らしい黒髪の少年が先程まで読んでいたのであろうペーパーバックを閉じて椅子に座っていた。


「貴方の重たい身体を此処まで運んで来てやったんですよ、オマケに保健医は居ないわ、教諭から面倒見るように言われるわ…、感謝して下さいよ全く。」


その声の主はあからさまに機嫌の悪そうな声で憮然と言ってのけた。


「お前が…?俺…、ああとにかく有難う、ホントゴメンな。」


バツが悪そうに言ってからベットから這い出し、彼が揃えてくれて居たのだろうか、ベッドの足元に木賃と並んでいた自分の靴に目を留める。
そうして、口は悪いし横柄な所がある奴だか、案外いい奴かもしれない、と思いながらその靴に足を通す。
立ち上がって大きく伸びをした後、彼に改めて向き直り握手を求めて手を差し出す。


「ホントありがとな、俺の名前は…」


言いかけて言葉を遮られる。


「ジャン…でしょ、教諭から聞きました、同じクラスだそうです、残念ながら…。」


差し伸べられた手を大して興味も無さそうに無視しながらその少年はそう言った。
ジャンは一瞬そうだったのかと納得した後、文末の“残念ながら”の単語にムッとした。
どうやら一瞬でもいい奴などと思ってしまった考えを改める必要がありそうだった、コイツは最高に性格が悪い、それが最終的にジャンの中で導き出された結論だった。
そんなワンテンポ遅く一喜一憂しているジャンの様子を見ながらその少年は心底不思議に思っていた、一体何故こんな知能指数の低そうな人間が成績順に分けられるこの士官学校において同クラスなのかを。
そうして腕時計に目をやる。


「どうやらもうクラスレセプションは終わってしまったようですね…、とりあえずクラスに案内しますから、付いて来て下さい。」


そうして少年は椅子から立ち上がり歩き出す。
その様子にジャンは思い出したように訪ねた。


「あ、おい…お前の名前は?」


「…… ……、 高松。」


「別段貴方に覚えていて欲しいとも思いませんが…。」


その科白に流石のジャンも閉口してしまった、
人間どうやったら此処までひねくれた性格になるのだろう?
ジャンはその憮然と顰められた眉やその垂眼、口元の黒子などを繁々と観察しながらその風変わりな高松という男を理解しかねていた。


「何人の顔ジロジロ見てるんですか、気持ちの悪い…。ホラ、行きますよ。」


「ん…ああ悪い。」


ジャンは慌てたように視線を外して謝る、そして歩き出す高松の背中に素直に従った。
そうして高松がドアに手を掛けた時だった。
まるでフラッシュバックのように先刻の残像が頭をよぎる…。
一瞬で心を奪われ、鮮明に脳裏に焼きついた…、白皙の美貌、輝く金糸の髪、あの蒼い瞳。
そこで立ち止まって徐に高松に問い掛けた。


「あのさ…ちょっと聞いても良いか?…入学式で新入生代表で壇上に上がった奴居ただろ…」


そこでドアを開こうとする高松の手が止まった、そうしてゆっくりとジャンの方を振り返る。
そして明らかに今までと違ったトーンで問い返す。


「……彼が何か?」


「いやさ、あの、別に何ってことは無いんだけどさ…、ただ最後に…総帥と話してたから、誰なのかと思って…。」


その言葉に高松の瞳の色が呆れたように変わる。
そうして声のトーンを先程の人を小馬鹿にしたような風に戻してジャンに向って言った。


「貴方ガンマ団の士官学校受けるのに彼の顔も知らないんですか?有名人ですよ…。」


「総帥の弟君です。」


その言葉にジャンの胸の奥がザワリとする。
予感は…否、予感なんてものではない、最初から全て分かっていた、一目見たその時から。
青の一族、それも純血種、総帥の弟と聞いても不思議ではない。
しかし何故だろうその事が、こんなにも…こんなにも息苦しい、まるで眩暈でも起こしそうな…。
そうしていきなり黙ったままになったジャンの様子を訝しがりながらも高松は、開きかけていたドアを勢い良く開け放ち再び歩みを進めた。
突然の外界の光に晒されたジャンの眼は少しだけ痛んだ。
そしてその細く、長く、続く廊下を高松の後に従って歩き出すのだった。























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