「日々のカケラ」:第1話







―――いつも彼からの電話は唐突で…




「明日そっちに行く予定なんだ、食事でもどうかと思って…。」


そして大事な研究の時間を中断させられた事への苛立ちも忘れさせてしまうこの甘い誘い。
断れるはずも無い…。


「…ではお待ちしてますよ、サービス。」


デスクに肘を付き、眼鏡を外し顕微鏡の横において、疲れた目を大きく擦りながら素直に負けを認めて高松がそう返すと、


「楽しみにしてるよ、ドクター…。」


この囁き。
まったくサービスと言う人間は、自分の魅力を全て理解した上でそれを最大限有効に使ってみせる。
更に甘やかされた末っ子特有の我儘の前に高松は全戦全敗の勢いだった。
時計の針は既に深夜の3時を過ぎていた、―明日と言うより既に今日ですね―、と一人ごちた高松には、サービスの飛行機が到着するまでの時間がやけに長いように思われた。

中断された研究を続ける気が失せてしまったので、大きく伸びをした後、白衣を脱ぎ椅子に掛け、シャーレを培養器にしまってラボの明かりを消した。
朝日を見ることなくベッドに入るのは何日ぶりだろう…そんな事を考えながら研究棟の青白い廊下をゆっくりと歩いて行った。







サービスが到着したのはその日の夕方だった。
夕日に飛行機の白い機体が良く映えていた。
言うまでも無くそのプライベートジェットはガンマ団の経費で買われ、日々のメンテナンスと、着陸料その他諸々は決してサービスの財布から支払われる事は無いだろうと言う事は容易く想像できた。
帳簿を前に苦悶する総帥の姿さえ浮かんでくるようだ。
そしてビジネスクラスでも良いほうの自分の身を少し嘆いた。

そして差し出された銀のタラップからその人は降りて来た。
強い風に煽られた髪は夕日を受けて輝き、久しぶりに見る彼を一種神々しく彩っていた。


「久しぶり、2年ぶりかな?」


タラップの下で待っていた高松の前に来てサービスが言った。


「正確に言うと2年と5ヵ月ぶりですね。」


「物覚えがいいんだなドクターは。」


「2年以上電話一つよこさないで彷徨う貴方とは違ってね、そんなにおおらかには出来てないんですよ、生まれつき。なんなら今度からは日にちと時間と秒数も数えておくことにしましょうか?お望みとあらば。」


「お前は相変わらず意地が悪い。」


「それはお互い様でしょう。此方へどうぞ、車が用意してありますから。」


そんな久しぶりの他愛ない皮肉のやり取りをしながら高松はサービスの荷物を受け取り、ターミナルの外に停めてある車の方へ二人で向う。
視界に入るサービスの顔はまた少し美しくなったような気がした…、まるで年々透き通っていくように、少年らしさはもう消えてしまったけれども、その代わり一種儚げな完璧ともいえる美貌を築き上げていっている。
そんな友人の横顔を見ていて高松は何故か少しだけ胸の奥がザワリと冷たくなった。



バタン、と荷物を積んだトランクを閉める。
サービスは先にちゃっかりと助手席に収まっている、当り前のようにお前が運転しろと言う事らしい。
相変わらずのペース、それでも不思議と居心地は悪くなかった。
多分サービスもそう思っているのだろう、お互い口には出さずともあの時から確実に流れてきた二人の時間。
こうして久しぶりに会ってはお互いどちらとも無くポツリポツリとその間の事を語り始める…、そんな日々。
お互い常に寄り添って生きて行かなければならないほど弱くは無かったし、かと言って会わないでいられるほど強くも無かった。


「それで…今度は何処で何してたんです?」


「色々。去年まではマントンのホテル暮らしだった、今年からはモンテ・カルロのアパルトマンに篭ってたよ。後は…グラン・カジノで200万フランぐらいすったかな。」


「200万フラン!!!貴方まさか…それにもガンマ団の経費を…」


「当然。」


高松は心底総帥に同情した、まったくこの双子は兄と言い弟と言いギャンブルの才能が無いくせに大金を惜しげも無く賭けたがる、オマケに両者ともそれを全く自覚していない所が恐ろしかった(特に兄)
そんな金銭感覚してるんだったら自分の借金四万円なんて帳消しにしてくれてもいいと思うのだが彼にはそんな気は無いようだった。
迂闊にその話題に触れるとまた取立てが始まりそうなので高松はそんな小さな願いを心の中にしまっておいた。


「そう言うお前はどうなんだ、今日はグンマはどうした?」


そうサービスに聞かれて遠い目をした高松をサービスは見逃さなかった。


「振られたな…」


そうサービスに改めて指摘されて、高松は心底泣けてきた。
その通りだった、先週から一ヶ月間グンマはシンタロー家族と一緒に避暑地の別荘で夏休みを過ごしている。
高松も幾ら保護者と言えども総帥の別荘には行きにくい、その上自分には仕事があった。
けれどグンマを心配する一心で、グンマの荷物の中にでも紛れ込んでついて行こうと思い、周到に上げ底されたトランクまで仕立て上げる始末だったが。
高松は付いて来ちゃダメ、とグンマに一蹴されてしまった。


「あんなに苛められて、泣かされたりしていても、やっぱりグンマ様はシンタロー様の事が大好きなんです。同い年の子でグンマ様と遊んで下さるのはシンタロー様だけですからね…」


「そこでお前は身を引いたわけだ、健気じゃないかドクター。
 じゃあ今日は私が慰めてあげるよ。」


「貴方の優しさは気まぐれだから信用できないですね、…でも今日はお言葉に甘えておくとしましょうかね。
 で、どうやって慰めて下さるんですか?」


サービスは悪戯っぽい笑みを浮かべて


「まだ秘密、それよりまずは美味しい食事とワインだ。」


「そう言うと思って予約しておきました、以前貴方が美味しいと言っていたあの店です。」


「悪くないね。」


――悪くないね、彼の最高の褒め言葉。
その言葉に満足して、高松はすっかり暗くなった道をヘッドライトで照らしながら目的の店に向って車を走らせた。























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