「半身」









そうやって、ただ冷たい金属質の大きな壁に体力を消耗しきった身体をを預けて、無人になった楽園から飛び去っていくのだ。
傷ついた者たちを乗せて帰路に就く特戦部隊の飛行船内は、慌ただしく、重症連中にベッドを明渡し、それ以外の人間は思い思いの所で体力の回復を図っていた。


俺はただ何をするでもなく、さっきからそんな体力も無いのに美味くもない煙草を咥え、この廊下に足を投げ出し座り込んで、白い雲が飛行船を避けて通り過ぎて行く様をまるで映画でも見るかのように窓越しに眺めていた。
これくらいでくたばる程柔には出来ていないが、それでも力を使い果たした身体は鉛のように重かった。
其処にコツコツという硬質の靴音が近付いてきたかと思うと、その音の主は俺の視界の隅で同じように壁にもたれて座り込んだ。
天上に立ち上る紫煙が揺らいで消える。


「……高松を…看て来たのか?」


「…ああ、今グンマやキンタローが必死に看病してる。」


久しぶりに会話をした気がした…もう長い間、ずっと、ずっと…焦がれ続けた。
あれからは会えば何時だって交わしても2,3言、会話にならないような一方通行の言霊。
あの時選んだ選択を後悔した事は無かった、それでも時々どうしようもなく悲しくなる時があった、
あの眼
全てを憎んで焼き尽くすような強い眼。
そしてその眼を向けられているのが自分だと言う事実。
まるで酷い筋書きじゃないか…
けれどそれを書いたのは半ば自分自身のようなものだった。


「……どうして…」


ふいに、その自分の片割が、双子なのに俺よりもずっと色素の薄い金髪を少し揺らして囁く。


「どうして、何も言わなかった…?」


それが体力の所為なのか感情の所為なのかは分からなかったが…
搾り出すような精一杯の声。
しかしその声には非難も、怒りも、疑念も、何も含まれてはいない…あるのはただ深い自責の念だけ。
その声にゆっくりと俺は弟の方を見た…、整った横顔、長い睫毛と繊細な唇、額に零れ落ちる金髪が見えた。
ああ……綺麗だなと思う、
誰よりも綺麗な…俺の弟。




「………私はこの25年間あまりにも…あまりにも無意味で馬鹿な事を……。」


「憎しみに回りの景色を見失って、皆を…お前も……傷付けてきた。本当に救いようが無い。」


其処まで言うと弟は俯いてその女みたいに綺麗な白い手で顔を覆った。


「皆の運命を狂わせて…、私の25年間の贖罪の命はまったく無意味だったんだな……。」


「本当ならあの時、私も…」


その先の言葉に堪えられなくて俺は言葉を遮る。


「そんなこと言うなよ。」


「お前の命が無駄だとか、そんなこと言うな…。」


「ハーレム………」


弟は覆っていた手からゆっくりと顔を上げた。




「……誰かを憎みながらだって…途惑いながらだって、お前の生きてきた25年間は事実なんだ、それを否定すんな……、お前の存在は確かに在り続けたんだ。それを…不幸みたいに言うなよ。」


そうして、生まれて初めて、心の一番奥を言葉にして弟に渡す。
用量が良いようで実は誰よりも鈍感で、傷つき易い俺のたった一人の弟に…。


この世にお前が居なくなってしまったら一体俺はどうしたら良い?
そんなこと想像もつかない、
もう何十年も、胎内で羊水に浮かんでいた頃からお前は俺の一部、同じもので創られたかけがえの無い半身…
その事実、たったその一つの事実がどれだけ俺にとって幸福だろうか…きっと鈍感なお前はまだ気付いていないだろう。


隣で顔を上げた弟の顔は窓から差し込んで来る黄昏時の光の所為か、少しだけ微笑んでいるようにも見えた。
いや、きっと光の所為なのだろう。
そうじゃなければ俺は今までこんなに穏やかな弟の顔を見たことが無いのだから…。
飛行船のエンジン音が遠くで響いていた。
そして俺はすっかり燃え尽きかけた煙草を徐に靴で揉み潰し、その火の粉がゆっくりと乳白色の灰色に変化していく様を見ながら呟いた。


「…もっと気付けよ。
お前が、どれだけ皆に必要とされてるか…、シンタローやグンマだってお前の事が好きなんだ、マジック兄貴や、あの変態医者にだってきっとお前は必要とされている、お前の周りの奴皆がお前を愛してる事に気付けよな……。」


そう…俺にも。
どうか気付いて欲しい、これから訪れる光に満ちた時間の中では。
お前の周りには愛が…幸福が満ち溢れてるってことに……。
………変わらず俺がお前を想い続けることにも。


そうして、ほんの少しの二人の間の距離を、
右手を伸ばして俺は弟の肩を抱き寄せた。
抵抗はなく。
すぐに愛しい重みを肩に感じる。















お帰りサービス、世界でたった一人の俺の半身。












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