[ 後遺症 ]



サービスが倒れたという報せを聞いたのは、彼が倒れたという時刻から、数時間も過ぎてからだった。

その日は丁度、グンマとキンタローと共に、遠出をしていて。
まさかプライベートな散歩に、無線機を持ち歩くわけもなく。
…そもそも高松は医師であるため、余程の事態でもない限り無線機を携帯したりはしない。
「帰ったか、高松。…先程サービスが倒れた。安静に寝かせているが、後で様子を見に行ってくれ。」
あの島を後にして暫くが過ぎ、その間サービスは、ガンマ団に留まっていた。 次の目的地が定まらないのか、何なのか。
それは自分の知るところではないと、放って置いたのだが。
「総帥…いえ、マジック様。何処の医務室に?」
「いや…自室に寝かせている。もし医務室に運んだ方が良いのなら、任せよう。サービスの自室の場所は、分かるだろう?」
「はい、昔と同じならば。…わかりました、後で。」
グンマと共にマジックの部屋へと訪れた時に聞かされた言葉に、高松は何故か冷静だった。
自分でも少し不思議だと思いつつ、倒れたという旧友の報せに、別段慌ても、驚きもしない。
隣でグンマは眉根を寄せ、心配だと口にしていた。
キンタローは、無表情の中で、何を思ったのだろうか。
案外まだ、倒れた…その言葉の意味を、模索していただけなのかも知れない。
「高松、叔父さんによろしくね!…大丈夫なんでしょう?」
「さぁ、様子を見ていないことにはなんとも。…大丈夫ですよグンマ様。この高松が、最善の治療を施しますから。」
「じゃぁ僕、もう寝る時間だから。」
「はいはい。おやすみなさい、グンマ様。キンタロー様も、今日は休んだら如何ですか?」
「…そうする。おやすみ、高松。」

「お休みなさい。」

慈愛の籠もった笑顔と挨拶を残し、高松は二人に背を向けた。
出掛けた時は普段着だったが、今はもう白衣を身に纏い、あくまでもガンマ団の医師然として在る。
二人とも、サービスが倒れたと聞いても、その程度の動揺である。
当然の話。
青の一族である彼が――精神的には別としても――倒れたからどうなると騒がれるほどに弱い肉体を持っているとは、思っていない。
そしてそれは、グンマやキンタロー、平然とそれを告げたマジックの思考に在るのと同じく、高松の中にも存在している思い込み。
急ぐ必要はない。
カツカツと規則正しい歩幅を守り高松は、昔はよく通っていたサービスの私室を目指した。


[ 後遺症 ]


その部屋の扉を前にして、高松の規則正しい足音は、途切れる。
造りとしては変哲のないドアだが、不思議と、威圧感――そう言うには少々、懐かしさや諸々の情感を引き立てる――を感じざるを得ず、高松は思わず、開閉スイッチへと掛けた指を一度胸元まで戻すと、そのまま重力通りの方向へと下ろしてしまった。
「…なんなんでしょうねぇ…」
この扉は、高松の中では、ここ数年"開かずの扉"に他ならなかった。
彼の兄ルーザーと、彼と、この部屋で。
研究について、若かった頃の思い出としても残るほどに、熱弁を振るった。
二人で、何気ないことを語り合ったこともあった。
一度だけ…彼を良く思っていなかったルーザーの目を盗み、ジャンと三人で一つのベッドに潜り込もうとしたこともあった。
結局男三人に一つのベッドというのは無理な話で、ベッドに寄りかかったまま、三人で朝まで語り明かすことになったのだが…思えばどれも、『思い出』であり、この扉の向こうに押し入れた記憶でもある。
"開かずの扉"
それが出来たのは、果たして何時だったのか。
ジャンが戦場で戦死した――彼から受けた言葉は違ったが――と、右眼と精神に大きな傷を負った彼から、聞かされた時だろうか?
それとも、敬愛して止まなかったルーザーが、激戦区で亡くなったと、聞いた時だろうか?
サービスが、ガンマ団に寄りつかなくなってから?
ルーザーの後を引き継ぐかのように、いつの間にか自分が、医師団のトップへと上り詰めてから?
それとも、その何れでもなくただ単に今、――自分の思考回路が"開けたくない"と指示したそれを、飲み下した――その瞬間から、だろうか。
「大概私も、弱いですねぇ…」
高松は長い黒髪を梳くように掻き上げると、今度は迷いなく、扉を開けた。

「サービス、具合はどうですか?」
踏み入れた部屋の雰囲気は、まるで変わっていなかった。
そのことが、外から挿す弱々しい月光のみが照らす暗闇の中でも、よく分かった。
懐かしい彼の部屋。
それは、些か彼の今の年齢には不相応のような気もする内装であったし、逆にそれが、若い時の美貌そのままでいる彼らしいとも、思わせた。
「……高松」
「起きてましたか。」
「先刻、な。」
「それで、具合は?詳しく聞かなかったもので、貴方が倒れたという話の経緯から、全くよく分からないんですよ。」
「倒れたなんて、兄さんも大袈裟に言ったものだ。…少し立ち眩みがして、バランスを崩しただけのことなのに。」
「それが果たして真実なのか。医者には素直に言うもんですよ。」
「………」
サービスは、説明はもう終わりだ、そう言わんばかりに、ふいっと横になったまま顔を壁へと向けて、黙りこんだ。
金糸の髪は白いシーツの上で散らばって、微かに乱れていた。
拗ねたような彼に対して笑みを漏らせば、高松はするりと部屋へと入り込み、彼が金色を美しく散らせている寝台へと、歩み寄る。
そして躊躇いもなく、緩慢な動作で其処に腰掛け、髪に触れた。
「相変わらず、体調管理が下手ですねぇ。そんなんでよく、今まで七年も独りで居られましたね、サービス。…それとも、誰か傍に?」
「高松」
「おやおや…機嫌を損ねましたか。」
「特にお前に診て貰う必要もない。もう日付も変わる…さっさと戻ったらどうだ。」
「その判断を下すのは私ですよ、サービス。」
梳いていた髪を一房持ち上げると、高松はそれに唇を寄せる。
サービスからの反応はなかった。
「気分は良いんですか?」
「……普通、だ……」
「寝不足みたいですけどね?」
「……」
「あの島から帰ってきて…ずっと、ですよ。サービス。」
「……」
「いつ見ても顔色が悪い…血液が流れているのか、疑わしい程ですよ。」
「……だったら、お前は何をしてくれる?」
「何も。薬での治療で治らないのは、明白ですからねぇ。」
淡々とした『会話』が、そこで途切れた。
高松は体を乗り出すと、サービスの顔を覗き込んだ。
相変わらず、隻眼の青は美しいままだった。
相変わらず、永遠を想起させるような面立ちは、美しいままだった。
「何もしません…でも、原因を当てるくらいなら出来ますよ。」
「……」
「あなた、ジャンが恋しいのでしょう?」
「………ジャンは、関係ないよ…」
「そんな顔して、何言ってんですか。」
瞼を伏せた彼を間近で笑うと、再び高松は体を起こし、ベッドから離れた。
窓際まで足を進めれば、伏せられたレトロな写真立てを視界に捉えて。
見ずともそれが何の写真なのか、想像は出来た。
未だ壁を向いているサービスに気取られないように確認すれば、想像通りの写真。
「…確かに色々、ありましたけどね…」
あの島での出来事は、確かに精神的には、重いものだった。
様々な真実を受け止め昇華するには未だ、余裕と時間が足りない。
表面上どんなに気丈に振る舞ったって、不意に独りになった時に考え出せば、それは収まるところを知らないだろう。
「…ごそごそと、何やってんですか?」
物思いに耽ろうとしていた矢先、背後から物音が聞こえて、高松は其方を振り返った。
その音は寝返りなんて可愛らしいものでもなく、推察通り、彼は上半身を起こしていた。
「高松、火をくれないか?」
恐らくサイドテーブルから出したのだろう。
危ういような視線を湛えた彼は、整った口元に煙草を銜えて此方へと視線を向けた。
『まったく…』
それは、声になったかは分からない。
高松は白衣の裾を翻しながら全身で振り向いて、視線で誘う彼の方へと、青い視線に導かれるまま至近距離にまで近づいた。
ライターを出さない自分に、彼は怪訝そうに優美な眉を顰める。
その顔に笑顔だけを返して、唇から煙草を奪うと、代わりに唇を押しつけて返した。
重さに従うように身体を後ろへと反らしたサービスの頭を庇うように抱き込んで、高松は口付けを更に深い所まで、誘って。
舌が、触れる。
不意のことに驚いていた彼だが、例え久々とは言え、口付けの仕方は憶えていたらしく。
性急ではない。
でも、悪巫山戯と言うには、深い。
ゆっくりと交わった舌と唇はまた、ゆっくりと離れた。
「…ドクター。私はこれでも、病人なんだけど…?」
「口寂しいようだったので、応急処置ですよ。」
「…診断書は書くのかい?」
「必要なら、明日にでも用意しましょうか。」
時折唇の先を啄みつつ、二人は微笑った。
「熱が溜まってるんじゃないですか?熱いですよ、サービス。」
額を撫でたその手はやがて、頬へと降りて。
「…治療して貰えるのかな、ドクター?」
「さぁ、どうでしょうね…」
今度は、行為の始まりを予感させる程度の熱で。
甘い口付け。
軽く纏っていた彼の部屋着を脱がせつつ、唇を弄っていた自分のそれを、彼の耳元へと寄せた。
掠めた吐息に、微かではあるが反応が返ってきたことに、変わらないなと、高松はそう思った。
形の良い耳を舌先で辿った後は、快感に成り得る程度に、歯を立てる。
表情を装おうとしている彼は、素直に導かれるまま快感を享受して、時折眉を寄せたり目をキツク瞑ったりと、高松の目を楽しませていた。
「此処で、コンナコトをするのも久々ですね…。最後は何時でしたっけ?」
「…コンナコト、って?」
サービスの悪戯そうな視線に、高松は吹き出すように微笑った。
そしてその問いには答えずに、素肌を晒した彼の身体へと、舌を滑らせて。
少し血色が悪く見えるのは、月の加減の所為だろうか。
少し細く感じるのは、その身体に触れるのが、あまりに久しいことだから…だろうか。
滑らせた舌を、彼の下腹へと運べば、先程より大きな反応が返ってきた。 無論、拒絶を意味するような反応である。
しかし高松はそれを無視して、サービスの分身へと唇を寄せた。
久しいその感覚に、段々とサービスからの抵抗は弱くなっていく。
抵抗の変わりに表れたのは、堪えつつも、隠さずには居られない…そんな、嬌声だった。
甘い声は高松の耳を楽しませる。
普段なら皮肉の耐えないその唇は今、サービスのそれで塞がれていて。
部屋には沈黙と、粘着質の音。
含んだそれは段々と、生理に従い質量を増していく。
先端を舌先で撫でながら、器用な指先で根本を弄って。
嚢を悪戯するように爪先で弄ったならば、痙攣でも起こしたかのように、サービスの身体は震えた。
表情を伺うことは不可能だけれど、高松にはサービスが今どんな貌をしているのか、想像に易かった。
形の良い唇から、間隔の短い熱い吐息を何度も漏らして。
瞼を伏せ、頬に陰影を落とす睫毛を震わせているのだろう。
舌先でなぞっているそれは、与えられる快感のもどかしさに震えて、泣き始めている。
それに気付かぬ振りをして一度唇を離したのなら、彼からは不満の声が上がった。
「…っあ、」
外気へと急に晒された分身は、どうして良いのかと逡巡でもするかのように、今の今まで与えられていた快感に導かれたままの熱を保っていた。

「……ちゃんと、決着は着いたんですか?」

蜜を滴らせているサービスの分身へと手を伸ばしながら、高松は行為とはまるで繋がらない疑問を投げた。
サービスはそれを、嬌声の中で受け止める。
「ッ…ふ…」
今までとは比べられないほどに弱くなった刺激は、ただただ熱を煽るだけだった。
燻っている熱を、悪戯に刺激するだけ。
それ以上のものは何一つ与えられない。
溢れた蜜を辿るように、高松の指は彼の分身の上を彷徨ってみせる。
やがて奥まった場所にある入り口へと辿り着けば、滴りを塗りつけるように、軽く先端を中へと食い込ませる。
久しくそういった目的には使われていなかった場所は、頑なに異物を拒んだ。
けれどその抵抗の裏側では、身体の奥底で知っている快感が、目を覚ましていて。
「…着いた、よ…」
熱を保った吐息で、掠れた声。
けれど、はっきりと意志を連れて。
「マジック兄さんと、ハーレムと…コタローを、止めようとした時に」
『決着は着いた』
唇が、そう辿る。
高松の指は悪戯に未だ、サービスの下半身を弄んでいた。
けれどその動きはやがて、確信的なものに変わり、彼の熱を高みへと誘うようになり。
サービスはシーツを、強く握りしめた。
飛びそうな意識を、現世に繋ぎ止めるように。
「…んぅ…ッ」
解放を望んだ熱が、高松の施した己が手による栓により、サービスの体内へと押し留められる。
痛みと言っても差し支えないほどに、吐精を阻まれた彼の表情には苦悶の色しかない。
「サービス」
「――高松。あの島で、ジャンに会って…。私の中にあったジャンの記憶は、哀しいものではなくなった。もう会えないとしても、心は落ち着いている」
「"生きて"いるから――ですか?」
「――さぁ。それは…わからない…。」
彼の吐精を塞ぎ止めていた指を緩めつつ、再び高松はそれを愛撫する。
しっとりと汗で濡れた肌を、撫でながら。
一度は勢いを失い掛けたそれも時期に反応し、導かれるままに。
声は、小さく短かった。
吐息の合間に、刻まれただけ。
その瞬間を過ぎれば、部屋に残るのは彼の、荒くなった呼吸音のみ。
「…っん、は…」
シーツへと沈んだサービスを抱きしめ、高松はその耳元へと、吐息で包んだ睦言を運ぶ。
「寂しいのなら、そう言って構わないんですよ?―――何も、出来ませんけど。」
達したばかりの身体に、囁きは毒のようなものだった。
ひくんと身体を戦慄かせた後、微かに残っていたのかサービスは残滓を溢れさせて。
高松からの言葉に、答える気はないようだった。
ただ、輪郭を辿るかのように繰り返されるキスを、従順に受けて。
やがて焦れたように自ら、倦怠感の中から引きずり出した腕を高松の首へと絡めると、口付けを強請る。
与えられたのは、掠めるようなキス。
求めたのは、舌を絡めるだけでは足りないような、そんな熱。
「噛まれそうですねぇ」
クスと高松は、余裕を装って笑ってみせる。
再び唇の先だけを触れ合わせれば、まるで束縛でもするかのような、彼からのキス。
我が儘にも思えるような口付けに、自ら陥落を選ぶように。
高松は示されるまま舌を彼の口腔へと押入れて、形でも楽しむかのように舌を絡めた。
先程の言葉への返事だとでも言うように、サービスは高松の舌へと軽く、歯を立てて。
口付けはもう終わりだと、高松の指は彼の下肢でまた、蠢き始める。
サービスが自ら放った残滓を指に絡めて、先程先端だけを呑み込ませた秘奥へと再び、挑んで。
ゆっくりと、マッサージでも施しているかのような力加減で、高松は己が指をサービスの奥へと押し込む。
濡れた卑猥な音は、未だ硬い彼の蕾と、意識を逸らそうとの魂胆から再び反応を余儀なくされている彼の自身の、双方から聞こえてきた。
滑りを帯びた高松の手は、弄びながら、サービスの分身を高めていく。
其処から感じ取れば、彼の脈は普段の倍近いような気さえした。
指は、第2関節程まで中へと入り込む。
けれど未だ、己の分身を入れるには、辛いだろう。
「誘うクセに、肝心なところで臆病というか、身持ちが良いというのか…」
「…ん、ふっく…」
高松の舌が、再び形を変えた彼のその先端を、縦になぞった。
溢れ出るどこか精液の味を含んだような蜜を舌先で器用に掬うと、そのまま舌は、彼の分身を丁寧に辿りながら、降りていく。
その愛撫には時折キスが混ざり、荒くなった呼吸の合間に秘奥を拓いている高松の指は、根本まで彼の中へと進められた。
長い指は、粘膜を労りながらも、確実に、その頑固な入り口を懐柔しようと試みている。
薄く開かれた唇の狭間からは時折、どこか淫靡にすら思えるような、赤い舌が覗く。
ひっきりなしに上がり続けていた熱を孕んだ吐息が、甘い声の応酬へと変わった。
声が一際上がる場所を求めれば、自然と狭い中を探索するように、指が動く。
呼吸と共に蠕動を繰り返すその中で、その場所を見つければ、器用に擦って。
けれど、再びその快感を遮って、高松は指をずるりと、彼から抜いた。
焦らす意図はなく――寧ろ、自らの方が焦れている――高松は己が分身を宛うと、奥へと進めた。
残滓と汗、分泌液が、彼の蠕動に従うように導いて。
「ッ…」
「苦しいですか?」
「ふ、は…ぁ…ッ」
「時期に、悦くなりますよ…」
キツさに酔いながら、高松は腰を進める。

互いの間に、睦言なんてない。
恋なのか、愛なのか。
友情なのか、同情なのか。
サービスへの感情の位置付けは、未だ高松の中で、計算の及ばない事柄として処理されていた。
名付けることの出来ない感情。
今も、昔も、変わらない。
目の前の彼の中、果たして自分の位置付けは、どうなっているのだろうか。
聞こうかと思って、留まった。
聞いて、どうしようと言うのだろう。
変わらないものを、変える必要など、何処にもない。
彼が自ら変化を望むのなら、それはまた別の話になるけれど。

グンマやキンタローへと向ける、まるで凪のような、慈愛の気持ちとは違う。
けれど、激しいとは決して、言えない。
これから先、彼との関係は揺るがないだろう。
"開かずの扉"を抉じ開けても、結局彼との関係は"ジャンが死んだ"日から、何一つ変わっていない。
ずっと、ずっと、ずっと…同じ流れの中に。
それを望んだのは、サービスか、自分か。

"開かずの扉"
そう、それは、確かに。

不毛な生殖行為。
快感だけだと言ってしまえば、楽だけれども当て嵌まらない。
偽善的な優しさ。
一義的な性交。
直感的な感情。

其れ即ち、
画一的で、永続的な関係。

互いに熱だけを開放してしまえば、後にはもう、何も残らない。
少なくとも――サービスには、何も残って居ないだろう。





+++



「髪、切ったのか。」
「えぇ。…てっきりあなたのことだから、気付かないかと思いましたよ。」
あの扉を開けた日から、数日が過ぎていた。
長かった髪を"サッパリした"と思わせる程度にまで高松が切った理由は、深いのかは分からないけれど、浅くはなかった。
何かへの決別。
でも、何も変わっていない。
「身体の調子はいいのか?」
怪我のことでも思い出したのだろうか。
「あれからどれだけ経ったと思ってるんですか。」
もうすっかり完治しましたよ、と続ける。
知っているでしょう?と僅かに皮肉な笑みを返せば、彼は素知らぬ顔で遠くを見遣った。

「お――!いたいた、二人ともッ」

水平線を臨むこの場所から高松も、サービスの追った方へと視線を向けていた。
そこにいきなり、響くように聞こえた声。
そう、知っている。
ごく最近に聞いた、とても懐かしい声。
「久しぶりだからさー、すっかり迷っちまったぜ。」
視線が、自然に動く。
その先には、ごく最近に見た、とても懐かしい笑顔。
「リキッドの奴が、島の連中は自分が守るって張り切っちゃって―――」
懐かしい声で、懐かしい笑顔で、彼が昔と変わらない調子で、歩み寄ってくる。
「しばらく側においてくんない。一生いてやってもいいぜ!」
現れた彼の言葉に、サービスは破顔した。
暫く、なんとも言えないように、声を押し殺して笑っていて。
「わ…私は…、おまえより先に死ぬぞ」
高松はそんなサービスの顔を見て、苦笑を漏らす。

ほら、言った通りじゃないですか。
寂しくて、彼のことが恋しくて、仕方なかったクセに。

「俺がすっげー偉大な科学者になって、あなた様に永遠の美貌を!」
「あんた、科学者愚弄してますね。」
「あんだよー!わかんねーぞ、俺長生きしてっから。宇宙船だって――」
「あんたねー、凧上げすんのと違うんですよ!」
「言わせといてやれ…高松」

そうだ、元の三人に、戻っただけ。
彼が居ても居なくても、何も揺らぐものなどないではないか。
それなのに、身体の彼方此方が、痛みを訴える。
「…後遺症、ですかねぇ。」
先程から延々と、どうしたら永遠の美貌というものが実現するだろうと悩んでいる友人が、それを聞き留めたらしく。
「どこか悪いのか?」
「……えぇ。」
「あの時のか?」
「……さぁ、どうでしょうね。まぁ、ほんの少しですから。いずれ治ります。」
「医者の不養生にならないようにな。」
横から、サービスの声。
「ご心配、痛み入ります。」
高松は友人二人に、笑顔を返した。


そこへ、再び足音が聞こえてきたかと思えば、明るい声。
「いたいた、高松ぅー!キンちゃんとちょっと揉めちゃってさー、多数決するんだけど、高松はぼくの見方してくれるでしょ?」
グンマの登場に、高松はスイっと背を預けていた手摺りから離れ、二人を軽く振り返った。
「じゃぁ、私は行きますから。」
「あぁ。」
後ろから急かすグンマを気にしている高松に、二人は軽く頷く。
二人がまた水平線へと視線を戻すのを見届けてから、高松は規則正しい歩幅を守って、グンマの方へと歩み寄った。
「ねぇ、あの人って確か――」
「番人クビになって、行き場がないそうですよ。」
グンマの視線に従って目を向ければ、昔のように、談笑を交わす二人が見えた。


後遺症は、いずれ治ることだろう。
手を下さずとも、時間か何かが、治癒を行うことだろう。
いつか。いつか。

―――完治する日は、来ないかもしれないけれど。


水平線を臨みながら談笑する二人。
その景色を切り取るかのように枠取った扉を、高松は後ろ手に閉めた。

"開かずの扉"が、また一つ。


+END+






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