Don't you worry,but…




PM 17:30。


保健室のベッドの上では、金髪碧眼の男が私に向かって
「高松、その音楽うるさいから止めてくれ。」
と、ぼやいていた。


「あのねぇ、サービス。アンタどうでもいいけど、仕事の邪魔ですよ。」
クルリと椅子の向きを変えて、私がその声の方に振り返ると、
「………文句を言う前に、まずその音楽を止めてくれ。」
急患用のベッドに腰掛けて文庫本を読んでいたその旧友は、まるで自分が法律だとでも言うかのような偉そうな表情で、私を見上げていた。
「………ハイハイ。バッハはサービスのお気に召さないみたいですねぇ。」
「ショパンの方が好きだな。」
「あぁ、そうですか。じゃあ、今度から気を付けますよ。」
サービスの我侭は今に始まったコトではないけれど、相変わらず自分勝手な奴だなと心の中で呟きながら、私はオーディオの停止ボタンを押した。
「ホラ、止めましたよ。これでいいんでしょう?」
「ありがとう、高松。これで本に集中出来る。」
「………どういたしまして。」
再び椅子の向きを机の方に戻して書きかけの書類と向かい合おうとしつつ、私はふと思い出したかのように、もう一度サービスの方を振り向いた。
「どうでもいいけど、あなた何でココに居るんですか?」
その問い掛けにサービスは、鬱陶しそうに顔を上げた。
「………18時にシンタローの仕事が終わるから、それ迄ココで時間潰させてくれ。」
「人の仕事場を喫茶店代わりにしないで下さいよ。それに、あなた総帥と付き合ってるんでしょう?だったら、彼の部屋で待たせてもらえばいいじゃないですか。」
「シンタローの部屋に行っても、どうせ18時までは1人だから、退屈なんだよ。」
「どうせ本読んでるんだったら、変わらないでしょうが。」
「お前だって、1人で1日中こんな所に居たら退屈だろう?付き合ってやってるんだよ。」
「余計なお世話ですよ。」




「お茶、飲みますか?」
数分後、ようやく1つ書類を書き上げたので、私は再びサービスの方を振り向いた。
俯いた金の髪は、こんな安っぽい蛍光灯の灯にもキラキラと煌めいている。
「………あぁ、くれ。」
サービスは本にのめり込んでいるのか、顔を上げもせず無機質にそう答えた。
「じゃあ、お湯沸かしますからちょっと待ってて下さい。」
私はそう言って立ち上がると、古ぼけた備品のヤカンに水を入れ、火にかけた。
そして、そのままサービスの所まで歩いて行き、彼の左隣に腰掛ける。
先刻のサービスの指摘通り1日中1人でこんな場所に居るのは正直退屈だけど、だからと言ってせっかく来た友人が本に熱中しているのは、それ以上につまらなかったからだ。
サービスは私には見向きもしなかったけれど、私は構うことなく自分の右の人指し指にその金の髪を絡めた。
「ねえ、サービス。あなた最近また綺麗になったんじゃないですか?」
「………五月蝿い。」
サービスは、本から目を離すことなく、そう呟いた。
しかし、めげることなく私は続ける。
「あなたはセックスで綺麗になる人だから、解りやすいんですよ。総帥はまだ若いし、随分お盛んなようですね。」
「………黙れ。」
サービスは、やはり顔を上げない。
しかし、
「シンタロー総帥とはそういう関係なんでしょう?中学生じゃあるまいし、手を繋ぐ事だけで『付き合ってる』なんて言う筈が無いですもんね。」
と私が耳元に囁くと、サービスは流石に顔を上げ、
「黙れ!」
と声を荒げて私の手を振り払った。
期待通りの反応に、私は思わず表情を緩ませる。
「ほら、やっぱり図星なんでしょう?」
その言葉にサービスは、美しい眉を寄せた。
「………黙れ、高松。」
しかし、私はそんな風に睨み付ける碧眼にひるむことなく、そっと右手を伸ばす。
そして、
「今でもまだ、ココは弱いんですか?」
と呟いて、サービスの首筋に触れる。
「………んっ………。」
サービスの口からは、もったいぶったような吐息が漏れた。
「………あぁ、やっぱり弱い。20年前と全然変わらないみたいですね、あなた。」
一旦手を引き、私はサービスの顔色を伺った。
「…………20年前?」
サービスは怪訝そうな顔つきで私を見上げながら、そう聞き返した。
どうやら、私の言わんとしている事が通じていないようだった。
「そうですよ、20年前。いつも一緒に居たでしょう?私達。」
再びサービスの髪に手を伸ばしながら私はそう言って笑ったが、サービスの反応は
「あぁ、そうだったけ。」
と、やや冷ややかだった。
「忘れちゃいましたか?」
「忘れるとまではいかないけれど、あんまり覚えてはいないな。」
「まあ、無理もないですよ。あの頃のあなたは、重度の鬱でしたから。」


20年前と変わらない肌の美しさを保つ旧友の髪をそっと撫でながら、私は当時の事を少し思い出していた。
親友と兄を相次いで失った事に起因する過度の精神的疲労で、私にすがらずには生きられなかったサービス。
私の処方する精神安定剤抜きには、日常生活すらままならなかったサービス。
薄明かりの下で私と興じた営みに、完全に理性を失って悦楽の虜になったサービス。
それらは輝かしい記憶ではないのかも知れないけれど、それだけでレポート用の原稿用紙50枚は軽く埋まるだろうと思えるほど、私の記憶の大半を占めていた。

「思い出せば思い出すほど、懐かしいですねぇ。」
遠い記憶に思わず口元を緩ませながら、私は薄汚れた天井を見上げた。
「何が?」
サービスは、その美しい髪に触れる私の手を迷惑そうに振り解いた。
「あの頃あなた、言ったでしょう?私が居ないと生きていけないって。」
「………あぁ、言ったかもね。」
サービスは、私の顔には目もくれずに呟いた。
「あなたがどう思ってたかは知りませんけどね、私は結構楽しかったんですよ。あなたと付き合っていた頃。」
そう言いながら私はサービスの顔を覗き込んだが、サービスはまるで無反応だった。


しかし、数秒後。
サービスはおもむろに、広げていた文庫本に栞を挟んで閉じ、私の方を見ると冷ややかな視線で言い放った。
「高松。あれは付き合っていたとは言わないよ。」
そのあまりに反抗的な言い分に、私は一瞬返答に困ったが。
「何故?」
と聞くと、サービスは即座に答えた。
「確かにあの頃はお前に依存していたかもしれないけれど、私はお前を愛してはいなかったからさ。」


ドクン


「………愛してなかった………ですか。」
俯きがちな視線でそう呟いて私は、そのまま力任せにサービスをベッドへと押し倒した。
「いきなり何をするんだ、高松!」
「久し振りに健康診断をしてあげますよ、サービス。」
背後でカタカタとヤカンの蓋が蒸気に揺れる音がしたが、そんなのは後回し。



抗おうとして金髪を乱れさせるサービスを組み敷きながら、私は壁を見上げる。
時計の針が示すのは、17:45。



シンタローの仕事が終わるまで、あと15分…………。










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